漢字の音(おん)について

みんさん、ここでルシェルが漢字の音(おん)について説明するのだワン。
大昔の日本には文字がなかったの。
当時の人達は暗記をして神話や伝承などを言葉で語り継いでいってたのよね。すごい記憶力よね!!
そこへ、漢字は中国大陸から朝鮮半島を経由して渡って来たの。
だいたい4世紀から5世紀初めの頃と言われてるの。
その後、異なる時代や様々な経路で漢字が伝わって来たから、呉音(ごおん)、漢音(かんおん)、唐音(とうおん)といった音の種類が存在するんだ。
ちなみに、日本オリジナルの音もあって、それは慣用音(かんようおん)と呼ぶの。
ここで、これらの音を簡単に紹介するワン。

 

①呉音(ごおん)
5世紀から6世紀頃に、中国の南北朝時代439年~589年における江南地方(=呉)の南方系の音が、南朝と仲良くしていた朝鮮半島の百済(くだら)を経由して入ってきた音なのよね。
それで呉音と呼ばれてるのよ。ちなみに、ここで言ってる呉は三国志で有名な呉の国の時代の音ではないの。
その頃の漢字は主に仏教や医学に関するものが多くて、たくさん入って来たので、今でもこの呉音で使われているのよ。

 

例えば、仏教関係だったら、
経典の経(キョウ)、精進の精(ショウ)、聖徳の聖(ショウ)、
礼拝の礼(ライ)、そして先ほどの「人身受け難し」の(ニン)・・・。

 

医学関係だったら、
外科の外(ゲ)、内科の内(ナイ)、小児の児(ニ)、静脈の静(ジョウ)、病人の病(ビョウ)・・・、

 

聞いたことある音でしょ?
みんなこの時代に入ってきた音は呉音(^_-)-☆

 

②漢音(かんおん)
7世紀から9世紀の中国、唐(618年~907年)の都・長安(ちょうあん)周辺の西北方系の音が、遣唐使(けんとうし)として唐に渡った留学生、留学僧によって日本にもたらされた音なのよね。
この頃の最も有名な僧侶といえば、弘法大師:空海(くうかい)【774年~835年】。
遣唐使として唐に渡って多くの真言密教に関する貴重なものを日本に持って帰ってきたのよ。
空海さんは、日本の書聖と呼ばれていて、平安の三筆の一人とされてるの。
桃舟先生が熱心に空海さんの書物を読んだり、書を熱心に書いていたわ(*^^)v
話がそれちゃったわね。
本題に戻ると、
「漢音」の名前は、中国を代表する王朝「漢」にちなんで中国の標準音をそう呼んだものなの。
でも漢王朝は紀元前202年~紀元後220年までだから実際の漢王朝とは関係ないのよね。

 

ここで先ほどの呉音と漢音における違いの例を表にまとめたので見てね。

呉音 マン モク
漢音 バン ボク
呉音 ナイ ナン ニョ
漢音 ダイ ダン ジョ
呉音 ニン ニュウ
漢音 ジン ジュウ

 

③唐音(とうおん)
中国の宋代(960年~1279年)から清代(1644年~1912年)の中期、日本の平安中期から江戸後期にかけて日本に伝わった字音なの。
中国を代表する王朝「唐」によって中国から渡って来た漢字音を呼んだだけで、唐王朝618年~907年の時代の音を指すものではないの。

 

例えば、喫茶(キッサ)の茶(サ)、鈴(リン)、行脚(アンギャ)など。

 

④慣用音(かんようおん)
呉音・漢音などのように中国の字音と関係するのではく、日本に伝来した後に様々な変化によって生まれた字音が、慣用音なの。
例えば、贔屓(ヒキ→ヒイキ)、披露(ヒロ→ヒロウ)、のような長音化したものや、消耗(ショウコウ→ショウモウ)、口腔(コウコウ→コウクウ)のような偏(へん)や旁(つくり)によって引きずられて読み間違えたものもあるのよね!!

 

「接」は呉音・漢音では「ショウ」なんだけど、慣用音では「セツ」、
「立」は呉音・漢音では「リュウ」なんだけど、慣用音では「リツ」
など、いろいろあるのよね。

 

最後に常用漢字表に載ってあるすべての字音2352音の内訳を表にまとめてあるから、見てみてね!!

 

漢音・呉音同音 950字
漢音 752字
呉音 538字
唐音 14字
慣用音 98字
合計 2352字

もっと詳しく知りたいときは ここ を見てね。